物語

マジ?社会不適合者のぼくが起業して月100万円以上稼いだ流れを暴露します。

こんにちは。コロ助です。

ぼくは資格オタクで以下の資格を持っています。

  • 司法書士
  • 認定司法書士
  • 行政書士
  • 宅地建物取引士
  • FP

しかし、現在就職もバイトもしてないし、実務で独立してやってるわけでもありません。

ネットビジネスで生計を立ててます。

最近も一日中予備試験の勉強をゴリゴリして仕事をしてなかったら、いつの間にかネットだけで月収100万円を達成しました。

 

ネットビジネスの良いところは、一度仕組みを作れば基本放置で収益が入ることです。

そうやって働かなくてもお金が入ってくるおかげで

  • 自由な時間ができて普段は好きなように生活
  • 今は弁護士になるという夢のために予備試験の勉強をゴリゴリ
  • ときどき新たな仕組みづくりのためにガッツリ労働
  • アルバイトなど自分が嫌な仕事は一切しない
  • 自分で稼いだお金だから後ろめたい気持ちなく、好きなようにお買い物
  • 友達に遊びに誘われたら気兼ねなく「OK」する
  • 仕組みがあるから将来の不安なく夜はグッスリ安眠
  • 仕組みがあるからリスクを取ってどんどん挑戦

ということができるようになりました。

 

ところで、

「ネットビジネスで稼いでる」

と言われるとあなたはどう思いますか?

嘘つき

詐欺師

ねずみ講

いろんなネガティブなワードが思い浮かぶと思います。

実際ぼくも自分がちゃんとネットビジネスについて知るまでは胡散臭いし、怪しいと思ってました。

特に『アフィリエイト』っていう言葉を聞いたら

「あぁ、この人達悪いことやってんな。」

と。笑

 

で、何でそんなふうにネットビジネスを悪く思ってたのかというと、単純に

ネットビジネスの世界を知らなかったから

です。

つまり、自分で考えられる常識の範囲を超えてたんです。

 

ネットビジネスで稼ぐとか意味不明ですよね?

ぼくもどうやって稼ぐかわかんなかったので、

「意味わからんわ!胡散臭い!」

と思ってました(株や不動産といった「投資」は以前から興味があり、やりたいと思ってましたが)。

そうやって人は知らないものは信じないし、否定する生き物です。

 

男なら、女性がなぜ大学生になった瞬間に化粧を始めるかわからないと思います。

女性なら、男のコレクション(ガラクタ)の世界がわからないと思います。

 

とにかく以前はぼくもネットビジネスのことを知らなかったので、「まとも」だと思えませんでした。

今この記事を読んでるあなたも昔のぼくと同じだと思います。

なので、

ぼくがどうやって「ネットで稼ぐ」を信じてない状態から、実際にネットビジネスに取り組んで稼げるようになったか?

その過程を「物語」にしてみました。

 

物語を始める前に自己紹介をします。

ぼくは九州生まれの20代です。

先ほども言った通り、司法書士に合格したものの就職はしておらず、かといって実務で独立してやってるわけでもありません。

ネットビジネスで自動的に稼げてるので、普段は自分の好きなように生きてます。

時間に余裕もあるので、予備試験の勉強も頑張ってます。

 

頭は本当に悪いです。

小学校の授業にもついていけないくらいでしたから。

中学のときは模試で偏差値20以下をとってます。

中学・高校では勉強を頑張りましたが大学受験で結果が出ず、大学は地元の人が誰も知らない東京の三流私大です。

 

しかし、猛烈に努力して司法書士試験にはなんとか受かりました。

司法書士以外にもこれまで法律の勉強をしていく過程で

  • 行政書士
  • 宅建士
  • FP
  • 認定司法書士

にも合格しました。

元々の頭は悪いけど、めんどくさがり屋で効率的な勉強法を確立したので、法律資格だけはムダに持ってる資格オタク。

それがぼくです。

正直ぼくのとりえは資格くらいだと思います。

子供のころから勉強もスポーツもコミュニケーションも人並にできないポンコツでした。

 

大人になった今もぼくはポンコツです。

だって、ぼく人並に仕事ができませんから。

さっき「就職してない」と言いましたがそれは現在の話で、ぼくは司法書士試験に合格して新人研修を受けた後に一度就職してます。

でも無能とコミュ障が相まって、たった2週間でクビになってるんです。

大学時代に牛丼屋のバイトをしてたこともありますが、仕事が覚えられないでいつも怒られていました。

 

そうやって、大人になってもダメ人間なので、しんどい日々を送ってました。

ちなみに、ネットビジネスは司法書士に受かる前から始めてたんですよ。

しかし、頑張っても頑張っても時給4円くらいしか稼げませんでしたw

 

頭が悪くて、司法書士の仕事や牛丼屋のバイトだけでなく、ネットビジネスでも成果が出ないダメ人間。

そんなすべてがダメダメで、人間のクズのぼくがどうやって今のようにネットだけで好きに生きられるようになったのかをお話ししようと思います。

5分読んで面白くなかったら、そっ閉じしてください。

といっても、物語なのでテキトーなノリで読んでいただければ幸いです。

それでは、始まり始まり。

ポンコツ・コミュ障の圧倒的社会不適合者

今でこそ自力でお金を稼げて、自由に生きてるぼくだが、つい最近までは地獄の日々を送っていた。

大学卒業時は1円も稼げていない。

いわゆるニートってやつ。

 

いい年こいて稼ぎがない罪悪感から、自己肯定感は著しく低い日々だ。

「みんなが社会人としてやってるのに、こんなんじゃダメだよな。」

「学生のうちに司法書士を取れなかったのは痛かった。」

「新卒のカードを捨ててまで挑んだのに・・・。」

「あー。ぼくはダメだなー。」

 

しかし、やっとの思いで司法書士試験には大卒1年目で合格することができた。

そして新人研修を経て事務所に就職した。

「やったー!社会人デビューだー!」

と思ったのも束の間。

 

ぼくは2週間でクビになった。

無断欠勤や遅刻はしていない。

与えられた「簡単な仕事」すらこなせないポンコツで、かつコミュ障。

そんな『圧倒的社会不適合者』だったため、戦力外通告を受けたのだ。

 

仕事が無くなったのでまたニートのような生活に逆戻りである。

「どうしてぼくはこんなに人が簡単にできることすらできないんだろう?」

そう思ったが、振り返ればぼくは子供のころからポンコツで、何をやってもダメな人間だった。

ポンコツ過ぎる子供時代

ぼくは子供のころからポンコツだった。

  • 小学校の授業についていけず、友達にバカにされる
  • 人前に立つと頭が回らないで、ミスって泣く
  • 失敗が怖くて授業中に手を上げられない
  • 中学の模試で偏差値20以下を取り、親に呆れられる
  • 高校の成績は右肩下がりで、地元の人が誰も知らない東京の三流私大に進学
  • 足は遅くて、徒競走は毎回ビリ争い
  • サッカーは小学1年生からやっていたが、一向にうまくならずで6年生になってもBチーム
  • 中学・高校では公式戦にほとんど出られない

みんなが簡単にできるのにぼくだけできない。

そんなことが勉強もスポーツもざらだった。

 

おまけにコミュ障だから人間関係もダメダメ。

小学生のころから無口で影が薄く、いてもいなくても誰もわからないヤツ。

中学校の部活はその場にいない人の悪口大会だったが、コミュ障で協調性もなく、まともに話せなかったぼくは会話に入れず、いつも一人。

そのため、陰口のターゲットになっていた。

サッカーが下手でいつもチームの足を引っ張ってるから発言権もない。

しかも無言電話は頻繁にかかってくる。

 

高校は周りの人に恵まれたが、自己主張できない自分は周りに気を遣わせ、よく迷惑をかけていた。

そんな勉強もスポーツもコミュニケーションも人並にできないポンコツ人間だった。

めんどくさいからお金が欲しい

人並にできないポンコツなぼくだが、人一倍のめんどくさがり屋でもあった。

だから子供のときから

好きなときに起きて、好きなときに好きなものをたらふく食べて、好きなだけゲームをしたり漫画を読んだりして、好きなときに好きなだけ寝る。嫌な仕事はしない。

という生活に憧れており、

働かずに好きなように生きられるよう、お金持ちになりたい。

と考えていた。

「甘いこと言ってんじゃねー。」

「バカじゃないの?」

そう思われるだろうが、ぼくは本気だった。

 

お金がすべてではないが、すべてにお金は必要だ。

だから、お金があれば生きるための嫌な労働は無くなる。

人生の選択肢も広がり、好きなように生きられる。

そんなお金の大切さをぼくは子供のときからわかっていた。

ポンコツでめんどくさがり屋だから努力する

ポンコツなのにめんどくさがり屋。

最低のクズ野郎と思われるだろう。

たしかにぼくは最低のクズ野郎かもしれない。

しかし、「ポンコツ」で「めんどくさがり屋」だからこそぼくは子供のころから人一倍努力した。

 

ぼくはたしかに勉強もスポーツもできないポンコツだった。

だが、生意気にも負けん気だけは強かった。

そのためポンコツだからこそ、負けないように能力の差を埋めようと努力せざるを得なかったのである。

 

また、極端なめんどくさがり屋だからこそ努力もした。

たとえば、小学生のころからぼくは夏休みの宿題は最初の数日で片づけていた。

最初に宿題をやるのは確かにめんどくさい。

しかし、あとに残すのはもっともっとめんどくさかった。

宿題をやらずに遊ぶと楽しい休みでも宿題のことが頭に残り全力で遊ぶことができない。

だからぼくは夏休みになったら速攻で宿題を終わらせていたのである。

 

後の面倒を免れるためなら、今の面倒は喜んで引き受ける。

極端なめんどくさがり屋だからこそできることだった。

 

こんなふうに人一倍「ポンコツ」で「めんどくさがり屋」だったからぼくは人一倍「努力家」だった。

負けないため・将来楽をするための努力をいとわない姿勢は大人になっても変わらない。

ただ、ポンコツなのは大人になっても変わらなかった。

大学生でバイトデビューも失敗続き

大学生になってそれまでと大きく変わったのはアルバイトができるようになったことだ。

「自分で好きなように働けるなんて大人は最高だなw」

大学生になったぼくはそう思い、すぐに近所のバイトをネットで探す。

「バイトっていろいろあるな。どれにしようか?」

「やるからには稼ぎたいな。」

「牛丼屋のバイト時給高い!深夜だと1250円か!東京神やん!」

ついこの間まで九州の田舎の高校生で、バイトができず、お小遣いが1ヶ月5000円だったぼくは、深夜バイトの時給の高さには目がくらんだ。

そうしてぼくは牛丼屋の深夜バイトをすることになったのである。

 

不安もあったが、期待も伴って始めた牛丼屋のバイト。

だが、やってみたら失敗の連続だった。

  • オーダーを通すときに間違う
  • 注文したお客様とは別のお客様に料理を運ぶ
  • 盛り付けを間違う
  • どんぶりをまとめて何枚も割る
  • ビールの栓の開け方がわからずお客様にやってもらう
  • ビールのお客様のグラスに氷を入れる
  • 味噌汁やお茶をこぼしてお客様にかけてしまう
  • テイクアウトのお客様にサラダを入れ忘れて店の外まで追いかけて走る(も見つからない)
  • お客様に対してうまく話せない(自分では話してるつもり)
  • 一緒に働いてる人との連携がうまく取れず、体がぶつかったり注文を重複させたりする
  • メニューに存在しないものを注文されて、テンパる
  • 電気コンロの上に湿った台ふきが乗ってる状態で電気をつけてしまい、お客様が食べてる中で停電させ店を真っ暗にする
  • ライバル店の株主優待を見せられても、気付かずにオーダーを通してしまう
  • 米を炊き忘れて、向かいのライバル店まで米を買いに走る

こんなふうに失敗続きで、毎回何かをやらかし、そのたびに怒られる。

最初の半年は何もやらかさずにバイトを終えるのは奇跡だった。

 

ご飯の大盛特盛無料キャンペーン中に他店舗にヘルプで行ったとき、最初は優しくしてもらったけど、4回連続で「大盛と特盛無料でできますが、いかがですか?」を聞き忘れて

「お前何回目だ!!!」

と怒鳴られたのは今でも忘れない。

ぼくは本当にポンコツで失敗ばかりだった。

 

失敗だけでなく、ぼくは物覚えもすごく悪かった。

  • メニューの名前を覚えられない
  • 調理を覚えられない
  • 掃除を覚えられない
  • レジの操作を覚えられない
  • どこに何をしまってるのかを覚えられない

ノートにメモを取って定期的にみるという覚える工夫をしたが、全然ダメだった。

「なんでそんなに覚えられないの?」

と言われても

「何でだろう?ぼく学校の勉強は頑張れば少しはできたのに、何で仕事はこんなに極端に覚えられないんだろう?」

と思うだけで、自分でもわからない。

 

こんなふうに失敗ばかりで物覚えが悪いぼくだったため、後から入って来た人たちにどんどん追い越される。後から入った人が『研修』の身分を外れてもぼくはずっと『研修』のままだ。

「あぁ、ぼくはなんて情けないんだろう。高校生の子たちのほうがこんなに仕事ができるなんて。ぼくは大学生なのに。」

そうやって年下に劣等感を感じる日々。

新人さんが入ってくるたびに

「あぁ、この人はすぐに仕事を覚えて『研修』が外れるんだろうな。」

と思ってしまう。

結局ほかのみんなは1ヶ月で終える「研修」をぼくは6ケ月で終えた。

本当は6ヶ月経っても「研修」を終えられるできではなかった。

しかし、人手が足りない深夜要員だったため、辞めないよう「研修」が外れたのだと思う。

 

さらにぼくは仕事のペースも著しく遅い。

そのため、一緒に働く人に

「まだ終わんないのかよ!」

と言われたり、

深夜明けの朝に引き継ぐ人に

「これだけしか終わってないの?」

ともよく言われた。

「ぼくも頑張ってやってるのに。。」

「こんな量の仕事終わるわけがない。」

そう心でつぶやくが、ほかの人がサクサク作業をこなしてるのを見て自分の要領の悪さ、ポンコツさを思い知らされた。

 

大抵の人は少しずつ作業が速くなっていく。

ぼくもやっていくうちに最初よりマシになっていったが、それでも作業が時間内に終わらない。

「失敗ばかりのぼくはこれ以上みんなに迷惑はかけられない。」

そう思って、休憩ボタンを押しても休憩返上で働いた。

バイトは2年ちょっと続けたが、最後のバイトもいつも通り作業が終わらなかったため休憩返上で働いた。

 

こんなふうに失敗ばかり・物覚えが悪い・仕事が遅いぼくだったので、

「お前と入る日は本当に疲れる。」

といつも一緒に働く人に何度も言われた。

2人体制で働く中で、ぼくがポンコツ過ぎたのでぼくと一緒に働くその人にとんでもない負担がかかっていたのである。

「すいません。」

ぼくはそうやって謝ることしかできなかった。心から申し訳ないと思っていた。

 

仕事ができずいつも怒られたり小言を言われてばかり。

申し訳なくて胸が痛い。

おまけに深夜なのに終電までバイトは戦場のように鬼忙しい。

終電が終わったら終わらない深夜作業の山。

深夜だからガラの悪いヤンキーもよくやって来る。

そんな感じだったのでバイトに行くのは毎回憂鬱だ。

バイトの日が来るのも怖い。

たくさんストレスを受けたためか、バイトを始めて1年もたたないうちに白髪が生えてる自分に気づく。

「うわー。よく見たら部分的にめっちゃ白髪生えてる。バイトのストレスのせいだー。」

「もう辞めたいよ。」

「でも最近少しは要領が良くなってマシになってきたから、これまでお世話になった(迷惑をかけた)ぶんは頑張らないとな。」

そう思い、辞めるに辞められず、ぼくはつらいバイトをズルズル続けた。

 

高校までは勉強ができていればよかった。

しかし、社会では仕事ができないと使えない。

また、高校までの勉強やスポーツ、お手伝いは失敗しても多少は許された。

でも、お金をもらう「社会の仕事」では基本的に失敗は許されない。

バイトの仕事のできがあまりにもほかの人と違い、努力では埋められない差を感じたため、

「ぼくは『普通の人』とは違うのだ」

と、高校までは感じたことのない敗北感を覚えた。

たくさん稼ぐには弁護士だ!

バイトの話はさておき、大学の法学部に入ったぼくは法律の勉強を始める。

そして周りには

「弁護士になる!」

と言っていた。

 

弁護士を目指したのは

「人に指図されないで自由に生きたいからサラリーマンは嫌!」

「個人で生きていくなら、資格の壁に守られてて競争が緩い士業がいい。」

「一番競争が緩いのは、試験が難しくて参入障壁が高い弁護士かな。」

「弁護士ならぼくでもやっていけそう。稼げる職業の典型だし。」

「無能なぼくは資格武装するしかない。」

という単純だけど、それなりに合理的な理由だ。

だから、大学1,2年生のころは大学の課外授業である司法試験講座を受講した。

といっても、

「まだロースクール入試までは時間があるし~ww」

とバカな余裕があったので、勉強に身が入らない。

 

また、ぼくは上記の通り牛丼屋の深夜バイトにいそしんでいた。

そして牛丼屋のバイトは常に人手不足であるため、しょっちゅう仕事を頼まれ、ぼくは

「普段迷惑をかけているからせめて少しは役に立ちたい。」

とシフトを入れていない日も断れずによく入る。

バックレる人もしばしばいるので、夜10時過ぎに電話が鳴ってバイトに向かうこともあった。

大学は昼に講義を行う普通の大学だ。

夜10時にバイトに行く

バイトが終って朝6時に帰宅し、牛丼臭いベタついた体をシャワーで洗い、寝ないでそのまま大学に行く

講義が始まる前に大学の椅子に横になって仮眠をとって、講義の時間は眠い目をこすりながら一応起きとく

講義が終わったらヘトヘトになって帰って寝る(ほとんど寝れずにバイトに行くことも・・・)

こんなサイクルが続くこともあり、ぼくは勉強に注力できなかったし、ストレスもマックスだった。

「頑張った自分へのご褒美」としてたくさんのポテチやクッキーをよく買って、飽きるまでボリボリ食べた。

 

「頑張った自分へのご褒美」といえば、もう1つある。

漫画だ。

ぼくは頑張ったご褒美に漫画買おうとブックオフに行って

「今日は『今日から俺は』を全巻大人買いだ!」

などと言って、漫画をたくさん買っては読むを繰り返していた。

そうやってバイトと漫画、お菓子を食べまくるという生活を送っていたため、

「弁護士目指してる。」

と口では言ってたものの、たいして勉強していなかったのである。

弁護士にビビって司法書士に転向

そんなバイトや漫画漬けの生活をしていくうちにぼくは大学3年になった。

みんなが就活を意識して動き出すころだ。

アホ大学生のぼくもさすがに将来のことを真剣に考えるようになる。

 

「『弁護士になる!』ってこれまで友達に行ってたけど、ぼく本当になれるかな?」

「ってか、弁護士って2年間のロースクールを出て、司法試験に受かって、1年くらい司法修習を受けて、その後に『二回試験』っていう変な名前の試験に合格してやっとなれるとか今から何年かかる?」

「え、5年以上??お金も時間もかかるし途方もなく遠いわ。ってかロースクールの授業料って高っ!!」

「『予備試験』っていう試験を受けるとロースクールに行かないでいいみたいだからお金も時間も浮くけど、あり得ないくらい難しいらしいし、ぼくじゃ受からんやろ。」

「しかも司法試験を5回受けて合格できなかったらまたロースクールからやり直しかよ!ぼく大丈夫か?」

「それに食えない弁護士が最近は増えてる??難しい司法試験に合格して食えないとか闇深すぎやん。。」

そうやって、ぼくは弁護士や司法試験にビビるようになっていた。

 

そこで、ぼくが目を付けたのが司法書士だ。

司法書士は弁護士と似たような法律業務を扱う仕事で、試験科目も司法試験と一部被っている。

そのため、ぼくは『弁護士になれなかったときの保険』のように思って、司法書士も1,2年生のときから少し勉強していたのだ。

「司法書士も弁護士みたいに独立してやっていきやすい資格なんだよな。扱う業務も似てるし。」

「『弁護士と公認会計士の次に司法書士は難しい』って言うし、資格の壁も高そうやなあ。」

「必死に勉強して受かれば、既得権益に守られて競争緩そうだし、ぼくもやっていけるかも。」

「しかも弁護士の数はめちゃめちゃ増えてるけど、司法書士はあんまり増えてない?これもしかして司法書士のほうが稼げるのか?」

「そういえば、『食えない弁護士』は聞いたことあるけど、『食えない司法書士』は聞いたことないわ。」

「おまけに司法書士試験は司法試験と違って誰でも受験できるし、ぼくも来年受けて在学中に合格できるやん!」

「研修も司法修習みたいに長くないし、研修が終わる前に司法書士登録もできるのか。」

「司法書士は取るのはたいへんだけど、取ればとりあえず食いっぱくれはないし自由に生きれるやろ。」

「よし決めた!!ぼくは大学4年で司法書士を取る!!」

弁護士か司法書士か迷いに迷った挙句、ぼくは翌年の司法書士試験合格に向けて本気の覚悟を決めた。

大学3年の7月だった。

覚悟を決めた司法書士試験

大学生になってまともに勉強できてなかったぼくだが、

「来年の試験に受からなければニートになる!」

という危機感を抱き、追い込まれていたため集中して勉強できた。

牛丼屋の深夜バイトを辞めて時間ができ、規則正しい生活を送れるようになったのも大きい。

 

覚悟を決めたぼくは、それまでと一転して勉強勉強の日々だ。1日12~14時間勉強した。

「グアー疲れたな。勉強し過ぎで目がショボショボだ。マジできつい。。」

「でも、今が一番大変な時期だし、来年受かれば人生安泰だぞ!」

そう思って、朝になれば眠くてもムクっと起き上がり、夜遅くまでゴリゴリ勉強した。

ネットビジネスとの出会い

7月から勉強を開始したぼくだが、11月には息切れする。

  • 勉強慣れしてないのにハイペースで飛ばし過ぎた
  • 行政書士試験という中間目標的な試験を11月初旬に終えて脱力した
  • 司法書士試験が翌年7月と、遠い時期に思えてモチベが上がらなかった

ということが原因だった。

 

勉強はしたくない。

とはいえ、バイトももう嫌だ(牛丼屋なんてもってのほか)。

でも、お金は欲しい。

 

子供のときからポンコツでめんどくさがり屋のぼくは

お金が欲しい、お金持ちになりたい

という思いも、子供のときから変わらない。

だから大学生になってから株やFXに手を出して、親からもらった仕送りや奨学金、バイトで稼いだお金を増やそうとコツコツと努力していた。

株やFXの勉強のために株やFXをやってる人もTwitterでフォローしていた。

 

そうやってTwitterで株やFXの情報に触れていくうちに、属性が近いアフィリエイトといったネットビジネスの情報にも自然と触れるようになる。

 

元々ぼくの中で「ネットビジネス」といえば

胡散臭い

詐欺師

ねずみ講

怪しい言葉のオンパレードだった。

しかし、Twitterの世界には自分と同じ大学生なのにネットビジネスで稼いでる人がたくさんいる。

それに、

一度お金が入ってくる仕組みを作れば、働かなくてもお金が稼げる

というネットビジネスの魅力も知った。

仕組みで収入を得るネットビジネスは、株の配当収入のように不労所得感があり、怠け者のぼくはネットビジネスをやってみたいと思うようになっていた。

 

そんな中ぼくがフォローしてる人に、ネットビジネスをしてる大学生を発見。

どうやら、YouTubeだけで月収80万行ったらしい。

収益報告の画像を頻繁に上げており、リアルタイムでその人の成果を数ヶ月間見ていたぼくはその人がウソを言ってるとは思えない。

それに、その人は普段のツイートで全然自分を飾ってない自分と同じ『普通の大学生』って感じだし、順風満帆に成果を上げているから、自分にもできそうだ。

「いいなー。ぼくもYouTubeやってみたい。」

「でもどうやってすればいいんだろう?」

そう思ってると例の大学生がビジネスコミュニティのメンバーを募集し始めた。

どうやらその人はそのビジネスコミュニティでYouTubeを教えてもらってるらしい。

「これは来た!チャンス到来!」

ぼくは速攻でDMした。

そして、YouTubeで稼ぐコミュニティに入ったのだ。

初めてのネットビジネスは4ヶ月やっても日給10円

コミュニティのメンバーは数十万~数百万稼ぐ人がごろごろいる。

それにマニュアルも完備されてる。

そのため、ビジネス未経験のぼくも

「3ヶ月もやればぼくも10万は行くぞ!」

「司法書士の勉強しながら不労で毎月10万が入ってくるなんて最高w」

そう思って、YouTubeアフィリエイトをスタートさせた。

 

コミュニティのメンバーには

1日最低3〜4個の動画作成、2日で7本ルール

というノルマが課せられている。

だからぼくはノルマに従って、コツコツ動画を作り続けた。

中にはノルマを守らず退会する人もいるが、そんな人たちを横目にぼくは動画作成に励んだ。

「ぼくは動画を作って資産化して、不労所得を得るんだ!」

めんどくさがり屋で、働きたくないという強い想いがぼくを継続させた。

 

そうやってコツコツ動画を作って、2ヶ月で200動画以上作った。

しかし、全然稼げない。

同じくらいのタイミングで始めたほかの人は稼げているのに・・・

 

ぼくが稼げない大きな原因は扱うジャンルにあった。

コミュニティ内では成果が出やすいトレンド系の動画が推奨されて、多くの人がトレンド系の動画を作っていた。

トレンド系はたしかに一時的には伸びて成果も出やすい。

ただ、成果が出るのはあくまでも「一時的」だ。

それにトレンド系は動画やチャンネルが削除されるリスクも高い。

だから「資産」にはならないトレンド系の動画を無視してぼくは非トレンド系の動画にこだわっていた。

ぼくは不労所得が欲しかったのだ。

ぼくが働かなくても、トレンドに左右されず、削除もされず、ずっと再生されて毎月お金をぼくに運んでくれる動画たちだ。

 

そうやって、非トレンド動画にこだわってYouTubeアフィリエイトに4ケ月以上取り組み続けるも、日給10~30円ほどにしかならなかった。

「もう少し続ければ、芽が出るかも・・・。」

という思いもあったが、今度の司法書士試験がラストチャンスということもあり、3月にはYouTubeはいったん中断し、司法書士試験に専念するようにした。

ガチで司法書士試験を受けるも不合格

司法書士の勉強は一時的にモチベが落ちるも、YouTubeと並行しながらちゃんとやっていた。

動画作成はつらい受験勉強のちょうどいい息抜きになっていた。

 

そして3月から勉強に専念し、また一日12~14時間くらい勉強の日々だ。

体に異変を感じるほどぼくは自分を追い込む。

「こんな勉強すると体に悪いんじゃないか?」

「でも、頭の悪いぼくじゃこのくらいやらんと受からん。」

「それに、もし今年落ちたら来年大学卒業時はニートやん。それだけは避けたい。」

そう思ったため、7月の本試験に向けてガチで頑張った。

 

が、しかし、9月の合格発表で結果は不合格。

5点足りなかった。

ラストチャンスだったので、悔しすぎる。

就活はまったくしておらず、ネットでもほぼ稼げていないぼくはお先真っ暗だ。

YouTubeで日給3万行きそう!面倒な司法書士は撤退!

司法書士試験が終わり、勉強から解放されたのがクソ暑い7月。

ぼくが司法書士の勉強をしてる間にもたくさんの人が日給1万円を超え、5万を超えるような人も出ていた。

「やべー。何でみんなこんな成果出てるの?焦るわー。」

「でも同じコミュニティの人ができてるんだからぼくもできるよね?」

「よし!とりあえず、今年中に日給1万円超えるぞ!!」

そう思って、ひたすら作業した。

動画作成、アップ、コメント返信、リサーチ、検証と毎日最低でも8時間はYouTubeに時間を費やす。

そんな250時間以上YouTubeに費やした7月だったが、収益はたったの1000円。時給換算しても4円だ。

まったく割に合わない。

 

友達にYouTubeのことを話してもバカにしてくるだけだ。

「バイトすればもっと稼げるのにw」

「ちゃんとまじめに働けよw」

と・・・。

「たしかにそうかも。」

「だけど、ぼくは目先の金は追わない。」

「長期的に楽がしたいんだ。」

「今に見てろよ。チクショー!」

そう思って、友達を見返したいのもあって、動画を量産した。

 

そうやって頑張って作業していくうちに9月に変革が訪れる。

それまで「量」を意識して動画を作っていたが「質」に目を向けたら、動画が一気に再生されるようになったのだ。

そのときはまだ月1万円に行かないほどだが、

「これはもう余裕で伸びるわw」

と明るい未来を確信する。

 

そうしていくうちにみるみる収益は伸びた。

10月は日給1000円を達成し、月収は2万円。

11月は日給2000円を達成し、月収は6万円超え。

12月は日給3000円を達成し、月で見れば「月給10万円コース」がついに見えた。

日給5000円は目前だった。

そうやって、収入はどんどん増えていったが、労働時間は減り、読書など好きなことをする時間が増えていった。

アフィリエイトは『労働時間=収入』じゃないからおもしろい。

 

それにぼくが稼ぐようになってからは、以前ぼくをバカにしてた友達も

「俺もYouTubeやってみようかなw」

というふうになっていた。

ぼくは「やってみれば」と言いつつも内心

「ざまーみろwやり方は教えんぞ。w」

と思っていた。

 

日給5000円が目前に控えていたぼくは、

『日給3万円が毎日もらえて好きなように生活できる』

という明るい未来を描き始める。

コミュニティ内の人たちの収益報告を見てると、日給5000円を超えた人は驚くほど速く日給1万円、日給3万円に到達していたからだ。

 

日を追うごとにおもしろいくらい収益が増えて日給5000円があともうちょっとだったぼくも当然、

「今度はぼくが日給3万行く番だ。」

と思う。

「日給3万とかほぼ月収100万やん。」

「これだけ収入があれば、完全外注化しても純利益30万はどう考えても固い。しかも資産は増えるばかりだから収入は右肩上がり。」

「最低30万でもぼくは好きに生きられる。」

そうやって不労所得を得ながら、好きなことができることを想像したら胸が騒いだ。

 

『不労所得』でお金の心配がなくなると、以前ビビって諦めた弁護士司法試験のことが頭によぎる。

「この調子だと、働かなくてもガッツリ勉強時間が確保できるな。」

「いくら司法試験が難しいって言っても、勉強すればぼくでもいけるやろ。」

「なんだかんだ弁護士のほうが業務が広いし稼げるやろうし。」

「もし弁護士で稼げなくてもぼくにはYouTubeから入る収入がある。」

「そうすると、司法書士はもういいかな。弁護士資格を持ってたら司法書士業務もできるし、司法書士を持ってる意味ないわ。」

「YouTubeでの不労収入があるから金銭的な心配はもうないし、司法試験に向けてガッツリ勉強しよう。」

あと5点で合格だったので迷いに迷ったが、最終的に12月に司法書士試験撤退を決意した。

 

そして

「YouTubeで自動的に入ってくる収入で生活して、予備校の司法試験講座を受けながら悠々自適に勉強だ。」

「それから予備試験もしくは上位ロースクールに合格して最終的には司法試験に合格して弁護士になろう。」

そう考えた。

ぼくの未来は明るい!!

YouTubeチャンネル全削除。うつ突入。。

ぼくのYouTube収益は伸び続けていた。日給5000円はもうすぐだ。

しかし、ぼくに悲劇が襲う。

多くのチャンネルが一斉に削除される「チャンネル削除祭り」に巻き込まれ、ぼくの全チャンネルが12月に削除されたのだ。

当時はコピー動画が横行しており、ぼくの動画もコピーされていた。

そのためそういったコピー動画を駆逐するために、削除祭りが行われたと思われるが、ぼくは運悪く巻き添えになったのだ。

 

それまでコツコツ積み重ねてきた「資産」が一瞬で消し飛んだため、かなりショックだ。

食欲がなくて何も受け付けない。

夜もベッドに入ってもなかなか眠れない。

そして、朝は驚くほど眠気がない状態で目が覚める。

うつ状態だった。

消えてしまいたい。

生まれてこなければよかった。

生まれなければこの苦しみもなかったのに。

そういうよからぬことも頭に浮かぶ。

 

100円のカルボナーラパスタソースを湯煎で温めているときも

「1円も稼いでいないぼくはこれを食べる資格はないのではないか?ソース抜きでパスタを食べるべきじゃないか?」

と本気で考えるほど精神的に病んでいた。

 

でも、今のままではいけないとも思っていた。

だって、就活もしてなければ、法律の勉強も一切してない。

このまま何もしなければお先真っ暗だ。

 

「ぼくにはネットビジネスしかない!」

「ネットビジネスでなんとかせねば!」

その思いで自分を変えるために、それまでやってこなかった瞑想やランニングを生活に取り入れ、少しずつ状態は良くしていった。

YouTubeにも再び挑戦だ。

 

そして、削除前の再生回数に1ヶ月で持っていくことができた。

「どや!動画は消されても習得したスキルは消せんぞ!」

そう思って何かに勝った気でいた。

 

しかし、一向に収益化ができない。

アドセンスの関係でぼくはもうYouTubeで稼げなくなっていたのだ。

「YouTubeはプラットフォームへの依存度が大きいし、資産化が難しい。チャンネル削除も怖すぎる。」

そう思って、ぼくはサイトアフィリエイトをネットビジネスのメインにすることにした。

サイトアフィリエイトを始める!もやはり稼げない

YouTubeで全チャンネルを削除されるという恐ろしい目にあったぼくは「YouTubeだけ」はもう無理だと思い、サイトアフィリエイトを始める。

そして、YouTubeの収益化が難しいことがわかると、サイトアフィリに注力した。

教材や本を買い漁り、

「稼ぐにはプログラミングが必要!」

と思い、通信でプログラミングを学ぶ。

 

しかし、サイトアフィリエイトの成果は一向に出なかった。

「ぼくは才能がないのかな?」

「でもYouTubeも最初は成果が出なかったけど、継続したら成果が出た。」

「それにサイトはYouTubeチャンネルと違って削除されない。」

「だからとにかく頑張ろう!」

大学の卒業式で焦燥感マックス

そうやって、YouTubeでもサイトでも成果が出ていないときに大学の卒業式がやってきた。

大学4年になると、ほとんど大学に行ってなかったので、ほとんどの人とは久しぶりの再会だ。

社会にこれから巣立つみんなはキラキラ輝いている。

公務員になるやつもいれば、よく名前を耳にする民間大手に就職を決めたやつもいる。

いわゆる勝ち組ばかりだ。

 

一方でぼくはどうだろう。

就職先は決まってないし、法律の勉強もしてないし、1円も稼げていない。

そんなぼくだから胸を張って言える進路はなく、不安ばかりが心に渦巻く。

「お前どこに就職したの?」

と聞かれても

「ぼく就活してないw司法書士目指してるから浪人するわw」

と取り繕うだけだ。

 

卒業式に出た当初はネットビジネスに専念して年内は月40万は稼ごうと思っていた。

しかし、卒業式に参加してみんなと話していくうちに考えが変わった。

「ぼく今のままずっと稼げなかったらどうしよう?」

「もし稼げるようになっても、また収入が0になったらヤバい。。」

「今はネットビジネスをやるんじゃなくて、手堅く資格をとって人生のセーフティーネットを得ておくほうがいいんじゃないか?」

社会に出ていく友達を見て、言葉にならない焦燥感を覚えたぼくは、残り3ヶ月の期間で司法書士試験に受かろうと決意する。

死に物狂いで司法書士試験再挑戦からの合格!!

9ヶ月間司法書士の勉強から遠のいていたブランクは大きい。

当然ほとんどの知識を忘れてる。

久しぶりにテキストを開いても、

「ウゲェ。こんな分厚いテキストをまたやり直しかよ。」

と吐き気がするだけだ。

 

ただ、当時は本当に不安で将来を考えると尿意を催すほどだった。

2017年4月1日に書いた日記(原文ママ)↓

家計簿をつけながらおしっこがもれそうなくらいの不安におそわれている。kindle本はもう積読はやめようか・・・とりあえず司法書士試験がんばる。セーフティーネットを確保したい。なんとかやらねば。

 

そんな猛烈な危機感を抱き、追い込まれた状態だったため、ぼくは3ヶ月間全力で勉強した。

「この間覚えたはずなのにもう忘れてる!」

「覚えることが多すぎる!」

「一度ちゃんと覚えたことをもう一度覚え直すのはこんなに大変なのか。」

「ぼくはバカか??」

「チクショー!!」

そう思って心が何度も折れそうになる。

夜もものすごく疲れてるはずなのに不安で寝付けない。

 

「去年1年間やってダメだったんだから今年は3ヶ月で受験なんて無茶だ。」

「めんどくさいしもうやめようか。」

そんな思いも頭に浮かぶ。

 

が、しかし、それでも、

「今勉強をやめたら今以上にめんどくさいことになる!」

『めんどくさいパワー』を発揮して3ヶ月間全力で走り抜けた。

 

そうして死力を尽くして勉強した結果、ぼくは司法書士試験に合格した。

「よっしゃー!!やったぞー!!」

「ぼくはギャンブルに勝ったあああああ!!」

3ヶ月しか期間が残されていない中、司法書士挑戦はギャンブルだった。

でも結果は、117位という上位合格。

受かってみれば、意外とあっけない。

だが、ダメ人間のぼくにとって「司法書士試験合格」は大きな大きな勲章だ。

22歳で司法書士に受かったのに苦難の就活

司法書士試験に受かったぼくは就活を始める。

司法書士を受けた当初はネットビジネスでうまくいかなかったときの「保険」のように司法書士資格を思っていた。

しかし、いつまで経ってもネットで月1万円ほどしか稼げなかったので、「保険」の出番が早々にやってきたのである。

 

ほとんど収入がなく生活基盤が安定しないぼくには、安定して毎月20万の収入がもらえ、実務スキルも学べ司法書士としての独立につながる事務所勤務は魅力的だ。

「売り手市場みたいだし、最年少クラスのぼくは余裕でしょ。」

そう楽観的に就活をとらえるぼく。

しかし、就活は苦難の連続だった。

 

合格平均年齢が約40歳の中、22歳で司法書士試験に合格したぼくは、一見すると「売り手市場」の司法書士業界では就職は楽勝と思える。

しかし、ぼくは5回連続で落ち続けた。

どうして落ちるかはだいたいわかっていた。

ぼくは圧倒的にコミュニケーション能力が欠如していたのだ。

質問をされてもハキハキ答えることができない。

緊張で頭もうまく回らない。

そのため、履歴書だけなら若くて期待値が高い「金の卵」だが、面接になるとメッキがはがれ、「コミュ障のポンコツ」であることがバレるのだ。

 

そうやって、面接落ちを繰り返していくうちに

ある程度自分を大きく見せないとダメだ

と気づき、6つ目の事務所では「できるヤツ」を演じた。

 

その甲斐あってか

「うちに就職すると今決めてくれるなら雇う。」

と言ってもらい、

今これを逃したらぼくにチャンスはもうない!

ぼくはイエスマンだ!

そう思い、

「よろしくお願いします!」

と返事をした。

 

こうしてぼくは、ついに司法書士事務所に就職を決めることができた。

独立につながるスキルを学びながら毎月20万円の安定収入が得られるという特権を勝ち取ったのだ。

「数打ちゃ当たる!」と思って面接を申し込んでたほかの5つの事務所に「面接辞退」を申し入れつつ、ぼくは喜びを噛み締めた。

就職が決まって大喜び!希望に満ちた未来!

やったー!

よっしゃー!

これで不安定な状況からも脱出できる。

親に小言も言われない。

月20万入ってきたらこれまで我慢して買えなかったものも買えるぞ~♪

ぼくは自由だー!!

苦難の末に就職が決まったぼくは大喜びだ。

それまでは親の仕送りに頼ってる面もあり、「すねかじり」であることがすごくつらかった。

後ろめたさもあり、買い物も満足にできなかった。

だが、ぼくは親から完全に独立し、一人立ちしたのだ。

 

親や友達にも就職したことを報告した。

そんな中でも90歳を超えた祖母は特に喜んでくれた。

電話で話して、涙を流してるのがわかるほどだ。

亡くなった祖父が司法書士だったため、ぼくが同じ司法書士になったのが相当うれしかったらしい。

 

就職が決まったぼくは

「通勤時間がもったいないから事務所近くに引っ越そう。」

と早速物件を見に行って、「6畳」とされてる5万円のアパートに引越しを決めた。

まだ契約が残っていた家賃3万5000円の6畳の部屋から離れるのは残念だ。

だが、何より時間が大切だから迷いはない。

 

ところが、新居に実際に入居すると部屋は4畳半しかなく、家具を置くと猫の額にも満たない狭さだった。

「何だこれは!?全然6畳じゃないじゃん!」

そう思って、一瞬腹が立つ。

しかし、

「内覧してこの狭さに気づかなかったぼくも悪いか。」

「週5で働いてほとんど家にいないし、まあいいか。」

と虚偽表示を許せるほどぼくの心は前向きだったし、希望に満ち溢れていた。

司法書士実務もダメだった。2週間でクビ宣告。。

司法書士を取れば、ポンコツのぼくでも社会人としてちゃんと働ける。

そう信じてた。

だって、試験で勉強したことをそのまま仕事ですればいいと思ってたから。

そうイメージしてたけど、現実は全然違った。

 

早くスキルを身につけたかったぼくは「やったるぞ!」とやる気満々。

事務所は5人規模。

だから大手にありがちな分業体制ではない。

全部学べる。全部盗んですぐ独立してやる。

ぼくはそう思っていた。

 

だが、新しい環境・新しい人たちに囲まれ、緊張で頭が回らないためか、仕事がなかなか覚えられない。

「例のことをやっておいて」

と言われても

「『例のこと』ってこの前教えてもらったあれか。でもやり方忘れた。。」

となって、頼まれた簡単な仕事もできない。

ぼくは牛丼屋に勤めていたときと変わらないポンコツだった。

 

ほかにも

  • わからないことが発生しても、みんな自分の仕事をしてて聞けない
  • やり方がわからないから手が止まって仕事が進まない
  • 「今が質問のタイミング!」と思って聞いたら、「え、まだそこをやってるの!?」と言われる
  • わからないこと(でも一度教えてもらったこと)を聞いたら聞いたで、「前言ったよね?」となりこれまたきつい

当初は優しく教えてくれた先輩も、ぼくの物覚えが悪いせいでクビになる当日には激しく当たるようになった。

たぶんその日でぼくがクビになると知っていたのだろう。

ぼくが上手く話せずモゴモゴ言っていたのも気に障っていたはずだ。

 

司法書士実務だけでなく、事務的なこともぼくは満足にこなせなかった。

  • 物の場所を何度聞いても覚えられない
  • 以前教えてもらった物の場所がわからないが、今回は聞けない思って物探しでウロウロ
  • 印刷機の操作もわからず、教えてもらってばかり
  • 印刷を自分でやってみようとしてもミスる。そして迷惑がかかる
  • 電話対応もコミュ障をこじらせてろくにできない
  • 電話の伝言をうまく伝えられず、怒られる
  • 字が汚いと指摘される
  • レターパックの宛先を書くことを命じられ、渾身の字で『名前』を書き、「これで何も言われまい!」と思ったら『住所』を書き忘れ、怒りを通り越して呆れられる
  • 急須を洗っておくよう命じられたのに、何故か急須を洗わず電気ポットを洗う
  • ホッチキスの芯の変え方がわからず、先輩に聞く(事務所の物を壊したくなくて慎重になり過ぎた)

小学生でもできる簡単なこともぼくはできない。

本当にポンコツ過ぎる。

「こんなことメモを取ることじゃないよ。」

と言われてもメモを取ったのに。

 

そんなダメダメな日々が続く中、勤務を始めて2週間たった頃にボスの先生に仕事の後呼び出された。

「もしかしたら・・・」

悪い予感が頭をよぎる。

「でもまだ2週間だし、さすがにそれはないだろう。」

と思い、応接室に行った。

 

しかし、悪い予感は的中する。

「今日でクビ。」

「辞めてほしい。」

といったことは言われなかった。

「今日は鍵を預かる。」

「また話がしたい。」

そんな言い回しをされた。

 

だから、そう言われた瞬間は

「あれ、これはどういう意味かな?しばらく休めってこと?」

と思ったのが正直なところだ。

しかし、家に帰りながら先生が言った言葉の意味を考えてたら段々

「ぼくはクビになったのかもしれない・・・。」

そう思うようになっていた。

 

といっても、先生の言葉の意味にまだ確信を持てない。

クビになるなんて本当にあるとは思えないからだ。

当時のぼくにとって、「クビ」は漫画やドラマの世界の絵空事だった。

 

とにかくあやふやだったから鍵を返した翌朝もスーツを着ていつも通り出勤できるように準備する。

「あれはやはりクビなのか?」

「それともしばらく休めってこと?」

「今日はどの面下げて行けばいいんだろう?」

「もしクビだったら事務所に行ったらおかしいよね?」

そう思ったため、結局事務所には行けず事務所近くの公園のベンチでしばらく過ごした。

 

そうこうしてるうちに先生から連絡が入り、近くのカフェでお話をすることになった。

先生はぼくが事務所に置いていた私物を持ってきてくれて、

「うち(5人規模の事務所)より大きな事務所のほうが君に向いてる。」

と言ってくれた。

「今回のことでダメと思わないで早く成功体験を積んでほしい。」

とも。

やはりぼくはクビだった。

 

クビはショックだが、完全にぼくの実力不足だ。理不尽なことはない。

しかし、だからこそ、つらすぎる。

もし理不尽な扱いを受けたのであれば、よそに行けばうまくいく。

でも、ぼく自身が問題なのだ。

大きい事務所に行ってもうまくいく自信は全然ない。

 

せっかく雇ってくれた先生にも申し訳ない気持ちだ。

ぼくは仕事ができないくせに、一丁前にお給料は働いた時間分もらっていた。

ぼくのような使えないヤツを雇ったせいで先生は今後雇用に消極的になるだろう。

 

「あー。どうしょう。」

「就職したって報告したばかりなのに、クビになるなんて。」

ぼくはつらかったが、社会保険の関係でちょうど連絡してきた母にクビになったことを告げた。

父には母からクビの話が行っていた。

 

司法書士になったことを泣いて喜んでくれた祖母にはクビになったことを言えなかった。

それで祖母には母が「予備試験の勉強との両立が忙しいから、自ら進んで退職した」ということにしてくれたらしい。

そのため祖母は

「じいちゃんは司法試験に受かりたくても受からんかったから頑張りなさい。」

と電話で言ってくれ、ぼくも

「うん!頑張るわ!」

となるべく明るい声で行った。

でも、まともに仕事ができなくて、期待に応えることができなくて、申し訳なくて

「おばあちゃん、ごめん。」

ぼくは心の中で祖母に謝った。

予備校のバイトも派遣も落ち続ける

司法書士事務所をクビになったぼくは数日間抜け殻のようだった。

足の踏み場もない散らかった汚い部屋で、お菓子をボリボリ食べながらAmazonプライムで映画やドラマを観てばかりの自堕落な日々。

人並に仕事をこなせない自分に失望し、無気力状態が続く。

 

何もやる気が出ない。

「ぼくは何をやってもダメだなー。」

「何でこんなにできないんだろう。」

「もう何もかもめんどくさい。」

 

しかし、

「23歳でニートはヤバい。」

「このままだとぼくはお先真っ暗だ。」

「親の手は借りたくないし、自分で何とかしないと。」

という思いもあり、現状を打破するために働くことにした。

 

「もうしばらく司法書士の仕事はしたくないな。また怒られるだろうし、しんどいよ。」

「ネットビジネスにまた力を入れよう。ぼくみたいな社会不適合者はネットで生きていくしかない。」

「でも、ちゃんと成果が出るか不確実だしな。今まで頑張っても成果出てないし。ネット一本だときつい。」

「時給労働は嫌だけど、仕方がない。バイトをしよう。」

「でもしばらく外には出たくない。在宅でできる良いバイトはないだろうか?」

「お!予備校の教材制作のバイトがある。数は多くないけど、複数の予備校が募集してるぞ。」

「ぼくは一応司法書士合格者だし、すんなり雇ってもらえるだろ。」

そう思い、司法書士予備校の教材制作のバイトに申し込んだ。

面接やテストも受けた。

 

が、しかし、全滅。

「司法書士という超難関資格を持っているだけで貴重なはずだ。」

「それなのに落ちるなんて、ぼくがあまりにもクズだからだ。」

そうやって存在を否定されたようで悲しかった。

サイレントお祈りをする予備校もあり、さらにつらい。

 

予備校の在宅バイトが全滅だったので、次は時給が良いイベント派遣に登録することにした。

説明会の会場に行くと若めの男女が大勢いて、社員からどんな業務をするか説明を受け、簡単な挨拶の練習を全員一斉に行った。

その後は免許証などを見せて簡単な書類に書き込むだけで、ちょっと面接っぽいことをして終わった。

 

「あんな説明会と簡単な面接なら、行けば誰でも受かるだろう。」

説明会の会場を後にしたぼくはそう高をくくっていたが、間違いだった。

ぼくはまた落ちた。

「あんなたくさんの人がいて落ちるなんて一体ぼくは何なんだ?」

本当にぼくの存在そのものを否定されたようで消えたかった。

運命の分岐点名古屋セミナー

司法書士事務所はクビになるし、やりたいバイトや派遣は採用試験で全落ち。

にっちもさっちもいかない状態だったぼくは

「もうネットで稼ぐしかない!」

と腹を決める。

でも月収は1~2万円。

 

YouTubeでチャンネル全削除を受けたぼくは「リスク」に敏感になっていたので、リスク分散のためにたくさんサイトを持ってる。

「たくさん稼ぐためにはたくさんのサイトが必要!」

という発想もあった。

  • 書評ブログ
  • 保険サイト
  • 成長株ブログ
  • 司法試験ブログ
  • トルコリラブログ(FX)
  • 南アフリカランドブログ(FX)
  • トラリピブログ(FX)
  • アフィリエイト成果報告ブログ
  • 日記のような情報発信ブログ

こうやって、9つのサイトを持ってるのだ。

だが、ほとんどが中途半端で収益が出ていない。

 

しかし、「日記のような情報発信ブログ」だけはちゃんと続けられている。

『司法書士試験合格者』というポジションで、自分が実際に使ったテキストをまとめたり、実際に行った勉強法を発信したら読者がついて書くのが楽しくなったのだ。

リアルではポンコツなぼくでも、ネットでは慕ってくれる人がたくさんいる

そう思うとすごくうれしい。

 

「この情報発信ブログで1~2万円ほど収益が出てる。」

「このブログでもっと司法書士試験について書いていけば伸びるかな?」

「でも、これまでやってきた通りにやっても成果は芳しくないかも。」

「やっぱ人に会わなきゃな。。」

 

ぼくはネットで稼いでる人に一度もリアルで会ったことがない。

YouTubeをするために入ったビジネスコミュニティでは、セミナーや合宿が行われていた。

しかし、内気な性格と古株で成果が出ていない後ろめたさからぼくはリアルで交流するのを恐れてたのだ。

「性格が内気だとか、古株なのに成果が出ていないとかそんなことはもうどうでもいい。」

「とにかく目に見える成果を出したい。」

その思いでぼくは勇気を出して、名古屋で行われるセミナーに参加することにする。

 

名古屋に向かう新幹線の中でぼくは不安で震えてた。

「大丈夫かな?ぼくみたいなポンコツをちゃんと受けれてくれるかな?」

「それにしても長い間コミュニティにいさせてもらってるのに成果が出てないのは申し訳ない。何か言われるかな?」

「みんなが知り合い同士でワイワイやる中でぼくだけ初対面だったら嫌だな。」

「みんなすごい人たちなんだろうな。」

「怖いよ。。」

 

そう思ってたら名古屋に着く。

「時間に余裕をもって行ったから早く着き過ぎた。」

「やべー。何しとこー。」

時間をつぶすのに何が一番いいか考えたが、ひと気のないところに行って、電話のふりをして『話す練習』をすることにした。

普段人と会わないし、電話もしないため、ぼくはごにょごにょとしか話せない人間だったからだ。

 

「こんにちは。○○と申します。」

「ぼくは普段司法試験の勉強をしながらブログを書いてます。」

「最高月収は2万円です。」

 

そうやって話す練習をしてるうちにセミナーの時間が近づいてきた。

ぼくは

「怖い。もう帰りたい。」

「いや、でも行かなきゃ。せっかく名古屋まで来たんだから」

そう思い、セミナーが行われるビルに震えながら向かった。

 

そしてビルの前に着くと、ビル前で主催者と思われる男性がタバコを吸っている。

郡司さんかな?

そう思いあいさつした。

「こ、こんにちは。あの、○○ですけど。」

練習の甲斐なく、ぼくは緊張でかなり震え声だ。

「○○さんですか。初めまして、郡司です。」

やはり郡司さんだ。

郡司さんとは事前にLINEをしていて、お互いが同郷であることを知り、お互い親しみを抱いていたのですごくラッキーだった。

 

郡司さんに案内され、緊張する面持ちで会場入りする。

既に人が何人かいて談笑してる人達もいた。

「あぁ、この人達はもう知り合い同士だったんだ。」

「もっと早くセミナーや合宿に参加しておくんだった。。」

アウェーな空気を感じつつ、ぼくは一番後ろの席にこじんまりと座った。

 

そうこうしているうちにセミナーが始まる。

主催者は郡司さんのほかにBさんもいて、セミナー内容は『アドセンスに頼らない動画活用法』だ。

 

「動画もこんな使い方があんのか。」

と思いつつも、YouTubeで理不尽にもチャンネル全削除を受けた後だ。

そのため、

「ぼくもう動画やんなしなー。YouTubeにしてもそれ以外の媒体にしてもプラットフォームに頼るのはもう嫌。」

「ぼくはサイトをどうにかしたいんだ。」

と思い、あまり内容が頭に入らない。。

 

「今回のセミナーはあんまり実りがなかったかも。」

「名古屋まで来てぼく何やってんだろ。」

そうやって何も得られない自分にがっかりしてる中、セミナー後の懇親会で主催者の方と1対1の距離感で話す機会がやってきた。

 

まずBさんとだ。

「お疲れさま。普段何をやってるの?」

「ぼく司法試験の勉強してます。」

「そうなんだ。もし俺が司法試験の勉強してたら勉強コミュニティを作るけどね。」

そうやってBさんは自分だったらどうするかということを分かりやすく教えてくれた。

 

次は郡司さんと話した。

「俺だったら勉強コミュニティ作るよ。」

Bさんと同じことを言ったので驚いた。

Bさんと話したとき郡司さんは離れた席に座っていて、ぼくたちの会話内容は聞こえていなかったからだ。

そして郡司さんも自分だったらどうするかを分かりやすく話してくれた。

 

「ありがとうございます!!とにかく言われたとおりにやってみます!!」

そう言って二人に感謝し、二人にアドバイスしてもらったこととぼくの経験を加味していろんなアイディアが浮かび、ぼくの今後の方向性が定まった。

 

東京に向かう帰りの新幹線の中で、ぼくはノートにアイディアを書きなぐっていた。

ネットで稼ぐ人と出会って刺激を受けたからだろうか。

アイディアがドバドバ出てくる。

「あれをやってこうすれば、うまくいくぞ。」

「いや、こうすればもっとうまくいくかも?」

そうやって書いていたらセミナー用に持って行った使いかけのノートはすぐにいっぱいになった。

そして翌日、ぼくはアイディアを実行に移した。

アドバイスを実行した結果、収益が飛躍したぞ!

セミナーに行くまでの最高アフィリエイト収益は月2万円。

ただ、基本的に月1万円でくすぶっていて、1万円に行かないこともあった。

しかしぼくのアフィリエイト収益は、アドバイスを実行したら飛躍する。

 

6月にセミナーに参加し、セミナーの翌日にアドバイスされたことを実行したらその2日後に1件2万円の高額案件が発生したのだ。

「うわ、なんだこれ!!セミナーに出てまだ3日なのにぼくの最高月収が1回で出た!!」

「本当にアドバイスした通りやっただけなのに。ってか、ぼくのこれまでの苦労は何だった?w」

「このままアドバイス通りやれば、アフィリエイトだけで生活できるかもしれない。」

そして続けた結果、どんどん収入は上がっていく。

 

7月は5万円を超え、9月は8万円を超えた。

「ヤバい。収益は右肩上がりだ。。」

「東京・名古屋間の新幹線代やセミナー代、懇親会費は全部余裕で回収できたw」

「マジですごい!!」

 

そして、10月には自分の商品である勉強コミュニティをスタート。

さらに、11月。ついについにぼくの月収は10万円を超える。

12月にはアフィリエイト収益だけで10万円を超え、翌年1月にはアフィで20万超えを果たした。

アフィリエイトのほかにも勉強コミュニティから入ってくる収入もあったため、ぼくの収入は司法書士事務所に勤めていたときを超えたのだ。

 

そうやって、ぼくは「アフィリエイト×コミュニティ」というほぼ不労の収入源を二つ得たことにより、莫大な自由時間を勝ち取った。

そのおかげでぼくは『予備試験』という弁護士につながる超難関試験に挑戦することができている。

しかも勉強している間に勝手に収入は増え続け、ほぼ不労で月収100万円を最近超えた。

 

しかし、まだまだぼくの物語は始まったばかりだ。

ぼくはポンコツだからほかの人みたいに「一気に月収100万円!」なんてことにはならなかった。

でも、仕組みづくりを学んだぼくなら余裕だと確信してた。

今は月収100万円を達成したから、現在の目標はとりあえず、「仕組みだけで月収1000万円」。

その後は月収で億の世界を目指す。

それから予備試験と司法試験に合格して弁護士にもなる。

ポンコツでめんどくさがり屋のぼくは、理想の未来を手に入れるため今日も走り続ける。

おわり。

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最後まで読んでいただきありがとうございました。

ネットビジネスで稼いだその後

ぼくはネットビジネスに出会って、稼げるようになったことで明らかに人生が変わりました。

それまでは、稼ぎがなくて自己肯定感が駄々下がりで生きてて全然楽しくなかったです。

でも今は自分の力で稼いで、自分で自由に意思決定して、好きなように生きてます。

だから毎日が楽しくて充実してます。

 

好きなときに起きて、好きなときに好きなものをたらふく食べて、好きなだけゲームをしたり漫画を読んだりして、好きなときに好きなだけ寝る。嫌な仕事はしない。

という子供のときからの夢は正直まだ叶っていません。

でも、その絵はリアルに描けています。

だって、ネットで「仕組み」を構築し続ければいいだけなんですから。

なのでぼくの「甘い夢」は戯言では終わらせません。

 

ぼくが今の生活を手に入れたのはネット上に自分が働かなくていい

「仕組み」

を作ることができたからです。

その仕組みをブログ運営で実現しました。

ぼくのブログはつまり、「自分が働かなくても勝手にお金を運んでくれる資産」です。

この仕組みは最初作るときはものすごく苦労しました。

作業の量が多いし、めっちゃめんどくさいです。

 

しかし、一度仕組みを構築すれば、あとは好きなことをやって生きられます。

もちろんまったくの放置はできません。

でもぼく自身、7ヶ月ほど放置してても収益は出てたし、むしろ3倍以上に膨らみました。

 

そして、ぼくがやったのはたった一つ。

自分が得意な資格試験を発信して、継続する

これだけです。

 

ぼくは牛丼屋のバイトで仕事ができずいつも怒られてたし、司法書士事務所も2週間でクビになったウルトラポンコツです。

要領が悪くてネットビジネスでも3年間成果が出ませんでした。

それにFXで1ヶ月も満たない期間で30万近く溶かすし、大学生になって犬に追いかけられたこともあります。

トランプのルールも全然覚えられなくて、ぼくが今できるのはババ抜きと神経衰弱だけです。

でも資格オタクでめんどくさがり屋なので、楽に受かる方法を模索し効率的な勉強法を確立した結果、難関の司法書士試験に何とか合格できました。

そして、自分がうまくいった司法書士試験で情報発信していき、読者と交流を深め、コツコツ継続していったら自動的に収入が上がる仕組みができていました。

 

「仕組み」の良いところは、一度作ったら基本放置で売り上げが上がることです。

そのため、ぼくはお金だけでなく、時間もできました。

そのおかげで現在は弁護士になるために予備試験に挑戦中です。

 

予備試験に受かって、司法試験に受かって、弁護士になればぼくは弁護士として活躍できるか?

それは正直自信がありません。

でも、予備試験や司法試験について情報発信し、新たなにガッポリ儲かる仕組みを作れる自信はあります。

資格試験の情報発信はイージーゲームだからです。

だって、本当にライバルが少ないから。

まず資格試験は受かるだけでも大変なので、合格者自体が少ないです。

さらに合格者のほとんどは資格を活かして実務をバリバリやってるため、忙しくて情報発信どころではありません。

資格が難関であればあるほど、その資格だけでガンガン稼げるので、情報発信の必要がないんです。

だから司法書士事務所を2週間でクビになるポンコツのぼくでも情報発信法を少し学んだだけで勝てました。

 

ネットビジネスは結局のところ、やり方を知ってるか・知らないか、そしてやるか・やらないかの世界です。

対人スキルがない人でも、『コツコツ努力するのが得意な人』はやり方を知れば資格試験の情報発信で勝てます。

みんなやり方を知らないし、やり方を知っても継続しませんから。

 

一番おすすめできないのは、自分が苦手なフィールドで勝負することです。

たとえば、ぼくは牛丼屋や司法書士実務といった人が絡む仕事は大の苦手です。

いつも怒られてばかりだし、全然仕事ができず、周りには申し訳ないし、自分自身もストレスがヤバくて禿げそうでした。

仕事の後の暴食も止まりませんでした(お酒は飲めないw)。

 

でも、司法書士試験の勉強は一人でコツコツやって合格。

ネットビジネスも一人でコツコツやって月収100万円達成(セミナー等で人に会ったけど作業自体はいつも一人)。

ポンコツ・コミュ障なぼくですが、こうやって一人でコツコツやるのは得意で、その『得意』で勝負して人より成果を出せました。

 

人には向き不向きがあるため、勝てるフィールドで勝負しないともったいないです。

苦手なことで努力しても貴重な時間を失い続けることになります。

なので、ぼくみたいなポンコツ・コミュ障な資格オタクは「一人でコツコツ」という『得意』を活かして仕事にしてほしいです。

 

さらに、めんどくさがり屋なら「仕組み」です。

仕組みがあれば、自分が働かなくてもお金が入ってきます。

そして、仕組みづくりに一番おすすめなのがブログでの情報発信です。

ブログはYouTubeチャンネルのように消されることはないので盤石な資産になります。

ぼくもブログを使ってほぼ不労で月収100万円を達成しました。

 

好きなときに起きて、好きなときに好きなものをたらふく食べて、好きなだけゲームをしたり漫画を読んだりして、好きなときに好きなだけ寝る。嫌な仕事はしない。

この夢を達成するには

自由に使えるお金

自由に使える時間

がないといけません。

ぼくが目指してるのは、自分が一切働かなくてもお金が一億円入ってくる仕組みを作ることです。

これは

「コツコツ努力を積み重ねて資格の情報発信を続ければ全然可能」

と今はわかってます。

ぼくは仕組みづくりの方法を知ってますから。

 

ただ、まだ時間はかかりそうです。

でも、達成可能なビジョンは見えてます。

よっしゃーーー。とにかく頑張ります。